百萬枚護摩行者池口恵観

「大師の教えを今に」
「山川草木悉皆成仏」。すなわち人間も動植物も、山や川などの大自然も、同じ仏さまの子であり、大自然はつながっているという一体感を持って「荒ぶる自然」を畏れ敬い、常に備えることが肝要です。
お大師さま、気候の乱れは「国王」つまりは国家の指導者が政(まつりごと)を正しく行っているかどうかにかかっていると、繰り返し説いておられます。今ほど、お大師さまの教えが現代社会の病根になっている時期はないのではないかと思えるのです。
国王が正しく統治すれば、国は富み、国民は和気あいあいと暮らすことができる。そうすれば、天地は穏やかで作物は実り、災害も起きない。そう教えます。
政治は人間社会の出来事であり、天災は宇宙自然のなせる業だからと、別のこととして考えられていますが、そうでしょうか。古来、政治の乱れが天地の乱れを生呼ぶと伝えられてきましたが、近代科学はこのつながりを、論証できないものとして分けてきました。
しかし、政治という人間社会のありようの乱れが、宇宙に反響しないはずはないと、私はいつも社会の動きを見守っています。「怨敵およびもろもろの憂悩災厄」をなくそうと思えば、怠けて心を乱して暮らしてはいけないと、お大師さま戒めておられます。
大災害が来るという警告や警戒態勢を作ることはとても大切ですが、同時に国民の不安をなくすための政策が必要です。
目に見えない力、働きが、私たちを陰から助けてくれています。「陰ばたらき」と言う言葉がありますが、日本人は長い間、目に見えない世界を信じ「おかげさま」と言って、その力を敬って生きてきました。

「見えぬものに畏怖を」

日本人は、元々自然と共に生きてきました。自然と自分が混然一体になれる、そういう暮らしをしてきたのです。
ともすれば、私たちは目に見えているものが全てだと考えがちですが、私は目に見えているのは真実の10%にも満たず、残りの目に見えない90%以上に、私たち人間は左右されている、と考えています。氷山が海に浮かんでいるような姿で、海面に浮かんで見えるのが、私たちが確認できる姿でありますが、ほかの部分は海中にあります。
人智を超えた存在に対する敬虔(けいけん)さ。
動植物や自然に対する思いやりの心。先祖に対する感謝の気持ち。親兄弟、隣人、友人への敬慕。祖国、郷土への愛情―。
目に見えないものとは、カネでは買えない、モノには代えられない心や気持ちのことです。
見えないところからみ仏に届けるのが祈りであり、み仏の力を受け取るのも見えない部分です。
祈りこそ、み仏と自分自身とを結ぶ絆です。
宗教の根幹は、祈りです。見えない生命を思う心が、祈りであるとも言えます。
このたびの新型コロナウイルスは、目に見えない極小のものです。見えないものは、必ずしも良い働きばかりをしないことを、私たちに教えてくれています。それだけに、見えないものへの畏怖を持って生きることの大切さを思ってほしいのです。
合掌

(文化時報 令和2年3月25日 池口惠觀)

『下手名考え、休むに似たり』

私たちは、いつもいつも、心の中で余計なことをたくさん考えてはいないでしょうか。死ぬことは怖いことだ。死ぬことを知らずに、突然死を迎えることができたら、どんなに幸せなことだろう。ボケたらどうしよう。そんなことを一人で考えていても、どうなるものでもありません。

仏の御手に、自分自身を預けてみてはどうでしょうか。それが信仰というものです。自分の人生を、自分の浅はかな知恵でどうにかしようと考えるから、浅はかな知恵に振りまわされてしまうのです。

厄除大師遍照金剛

『始有れば終有り』

芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』は、苦しみの中で信頼の心を保たせる難しさを描いています。地獄から脱出するための蜘蛛の糸が、後続の人たちの重みで切れてしまったら、という不安が、結局、主人公を再び地獄へと落としてしまったのでした。どんな苦難のときでも、必ず御仏がついていてくださる。お大師さまが一緒に歩いていてくださるのだからきっと良いことがある、そう信じていると、本当に大きな力が与えられるのです。信じて信じて信じ切ること、それが信仰なのです。

現在の日本は、政治的にも経済的にも混迷の時代で、非常に苦しいときです。しかし、これもまた「始有れば終有り」なのです。お大師さま(空海)のこの言葉は、苦しみを表現するだけでなく、希望を抱かせる言葉でもあります。同じ言葉でも、上を向いているのか、下を向いているのかでは、光を伝える言葉になるのか、長い夜の闇を予感させる言葉になるのか、天と地の違いになってしまいます。

真言行者として日々、護摩行を勤め「衆生救済・国家安泰・世界平和」を祈る。

 

 

五歳から読経を始めまして、数々の荒行を乗り越え、室町時代から五百年続いてきた修験行者の十八代目です。高野山大学を卒業後、高野山真言宗北米南米大陸巡回伝道部長として南北アメリカ各地を布教して回る。

昭和34年高野山大学を卒業。昭和38年、27歳で初めて焼八千枚護摩供を修し、現在84歳ですが絶えず護摩行を続け密教の荒行と言われ、真言行者が一生に一度行えば良いとされる、真言密教最高の秘法「八千枚護摩供」をこれまでに、日本で百回、中国西安の大興善寺で二回、計百二回成満した。平成元年前人未到の「百萬枚護摩行」を成満。平成11年山口大学より医学博士を授与。
平成25年和歌山県高野山にある弘法大師空海ゆかりの寺、高野山別格本山 清浄心院の住職就任。
白血病まで治した加持祈祷の威力。
その絶大な法力は広く内外に知られています。