清浄心院のご案内

和歌山県にある高野山奥之院に隣接する、高野山別格本山 清浄心院は弘法大師空海が奥之院にご入定する前日に、自らの像「廿日大師像」を彫ったと伝えられる寺院です。 承和2(835)年に創建され、当初は喜多坊と称していましたが、後に勅命により清浄心院と改めたと伝えられる、高野山でも格式の高い古刹です。 ご入定が3月21日、その前日なので「廿日大師」の名がつけられ、20日に法要を営みます。現在は秘仏として、旧暦を採りまして、4月20日、ご本尊の縁日のみ御開帳とします。この法要に合わせて全国から参詣者がおいでになります。

戦国時代は上杉謙信の祈願所となり、高野山奥之院の上杉謙信・景勝の霊屋(国指定重要文化財)は清浄心院が管理する、上杉謙信ゆかりの寺院でもあります。
「謙信は7歳から14歳までの7年間を曹洞宗 永平寺系の林泉寺 天室住職の厳しい教育のもとで、人格を形成しました。
天室和尚は謙信の心身を鍛えるために「修養十徳」という十の徳目を課しました。
いたずらに惰眠(だみん)をむさぼるな、坐禅で生き方を会得(えとく)せよ、仏祖の恩徳に思いをいたせ、信心をますます深めよ、怨み憎しみを持つな、愛欲の情にとらわれるな、遊興(ゆうきょう)や娯楽に流されるな、むさぼり欲張る心を遠ざけよ、未熟さを反省し目覚めよ、物事の加減を知れー。
謙信は子どもの頃からそうした聖人君子の生き方を教えられ、信義仁愛を貫く武将として成長していきます。
そして謙信は、中国で八本の刀を持つ刀八(とうばつ)毘沙門像が、悪魔から身を守る守護神として祀られていることにならい、「刀八毘沙門」の文字を軍旗の大旗に、毘沙門天の「毘」も文字を小旗に採用したのであります」
清浄心院には謙信が崇拝した毘沙門天像がございます。

令和元年5月15日午前11時より、高野山別格本山清浄心院鳳凰奏殿(護摩堂)・永山帰堂(位牌堂)落慶法要並びに本尊開眼供養が行われました。

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更新日 令和3年1月9日

 

 

高野山を参詣する方々に護摩行の光を分かち、癒やしと感動を!壁にぶちあたり、にっちもさっちもいかなくなったとき、思いがけない救いの道が開けるときがあります。
御仏が助けて下さったとしか思えない奇蹟は、じつは本人の生命のありようから生まれるものなのです。
それがお大師さまの教える『正しい道』であります。
その道を学ぶ力を得るのが、お大師さまの息遣い「おかげ」を身近に感じられる霊場「高野山」であります。

清浄心院は奥の院入り口に隣接

 

 

 

 

 

 

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